「てやっ!!」 空中で氷の道を作り、そこを滑って方向を調整しイクテュスの顔を蹴り抜く。 「大丈夫!? 早く逃げて!!」 腰を抜かした女性を立たせて安全な方へ、外へと逃がす。 [数が多いわ……!!] 一体一体はあまり強くないが如何せん数が多い。今視界に映っているのだけでも十体はいる。 「動くな!!」 地面を殴り三体程足元を凍りつかせて動きを止める。そこを槍で突いていき流れ作業の様に胴体に穴を開けて灰に変えていく。 「ウォーター伏せろ!!」 何かが空気を切り裂く音と共に指示も飛んでくる。私達はサッとその場に屈み斧が頭上を通過し、それはイクテュスへ真っ直ぐ向かっていき首を刎ね飛ばす。 「アナテマ……!!」 「ふぅ。とりあえず向こうに居た奴らも倒しておいたよ」 遊園地の奥の方からノーブルもやってくる。体に付いた灰を叩き落としながら。 「みんな!!」 「今回は間に合ったみたいだな……で、結構数居たけどクラゲ野郎達は居たのか?」 「ううんまだ見てない。もしかしたら……」 [みんな動物園の方に向かってくれ!! そっちでも何体かイクテュスが出ていて生人が交戦してる!!] ふと思い浮かんだ心配はキュアリンからのテレパシーで現実になる。休む暇もありゃしないが、街の人達を守るために全速力で走る。 「うぐぐ……はぁっ!!」 動物園の猿や象などが居る広いエリアで、生人君が五体のイクテュスに囲まれながらも逃げ遅れた人達を庇いながら戦っていた。 巨大蟹のハサミを手で受け止め、ニョロニョロしたイクテュスには蹴りを放ち十メートル近く上へ蹴り飛ばす。 (すごい変身しないであれだけの敵を相手に……って感心してる場合じゃない!! 早く助けに行かないと!!) 私達もすぐに加勢しイクテュス達を薙ぎ倒していく。 「はぁ……はぁ……ありがとうみんな。守りながら五体相手は流石のボクでもキツかったよ」 「ううんそれより時間を稼いでくれてありがとう!」 「いやそれよりも向こうの方に一体イクテュスが逃げたんだ! ボクは逃げ遅れた人達を避難させるから君達はそっちに向かって!」 「うん! 生人君も気をつけてね!」 ここにはもうイクテュスは見当たらない。例え一、二体居たとしても生人君なら倒せるだろう。この場は彼に任せて私達はイクテュスが逃げたという
「も、もう無理ぃ〜!!」 全国模試をやり終え私は力尽きるようにソファーに横になる。 「はいお疲れ様。高嶺にしては頑張ったじゃない。去年は途中で寝て数学十点だったのに」 「うっ……そ、それは言わないでよぉ……」 会場には行けないが、キュアリンや生人君が問題を貰ってきて、義務教育中なので受けなさいと正論を言われ受けさせられた全国共通の模試。出来の悪い私にとっては一教科六十分が数時間にも思える苦痛で、酷使した脳はもうまともに動きそうにない。 「軽く採点してみたけど……全部平均点は取れてるかな」 「へぇ……高嶺にしては良くできたわね」 「ちょ、ちょっと私にしてはって酷くない!?」 「去年の点数は?」 「それはその……はい。すみません」 言い返す言葉がない。去年は赤点で補修を受けるハメになり、中々合格点を取れず波風ちゃんに助けてもらっていた。波風ちゃんには憎まれ口くらい叩く権利はある。 「まぁでも高嶺が頑張ったのも事実だし……今日の勉強はここまでにしてどこかに出かける?」 「あっ! それいいかも!」 ここ一ヶ月以上勉強ばかりで気が参りそうだったのでここで差し出されたご褒美はありがたい。 「この時間から行けるとこと言うと……動物園かしら?」 「あそこか……最後に行ったの小学生の頃だから……かれこれもう一年以上は行ってないのか……」 遊園地も付属している動植物園。この辺が田舎ということもあり広い土地を活用し多様な植物と動物を保有している。昔はよく波風ちゃんや家族と行ったものだ。 「じゃあボクは他にやることもあるし二人きりで楽しんできて。何かあったら呼んでね」 生人君は荷物をまとめパパッとどこかへ消えてしまう。 「もう行っちゃった……生人君も来れば良かったのに……」 「まぁ色々忙しそうだったし仕方ないわよ。とにかく二人で行きましょ」 「うん!」 電車と無料のシャトルバスで動物園まで向かい、そこで一人分の料金を支払い私達は園内に入る。 「そういえばこのサボテンって実際に触ったらどのくらい痛いのかな……?」 植物園の中に入ってすぐに砂漠エリアを見て回る。波風ちゃんはその中のサボテンを突く。触れられないが。 「そういえばサボテンって美味しいって話聞くけど実際にはどうなんだろ?」 「広く出回ったりしてないってことはやめ
二人で駅に向かいそこから三十分程バスに揺られた後あたし達は例の動物園に辿り着く。 「ここが……? 結構広いんだね」 「回って歩くだけで軽く一日は潰せるわよ。昔は帰る度に駄々をこねてまた来たいって言って……」 おばさんはまた思い出に浸り上の空になる。こちらが記憶がない点や不自然なところだらけで薄々気づているだろうに、それなのに未だにあたしに対し本当の娘かのように接する。 (どうしてそこまで縋るんだろう……? 大事な人を失うってそんなに辛いことなのかな?) 今まで人間なんて遊び道具くらいにしか思っていなかった。実際それで生活に不自由はなかったし楽しかった。 (大事な人……) あたしはキュアヒーローに殺された仲間のことを思い出す。中には交友関係があった者も居たし、あたしに戦い方を教えてくれた者も居た。 「寂しいなぁ……」 動物を見ながら歩く中、あたしはついボソッと呟いてしまう。 「寂しい……? どうかしたの?」 その一言はおばさんに聞こえてしまっていたようで、こちらの表情を覗き込むようにして心配そうに窺ってくる。 「あっ、いやその……実はお母さんと逸れた後に拾われて、でも拾ってくれたおじさんはちょっと前に病気で……」 咄嗟に言い訳を作り、同時にかつての仲間達を脳内に蘇らせる。 「そうだ! 今からふれあいコーナーに行きましょうか!」 「何それ?」 「動物達とふれあえるところよ。兎とかモルモットとか……きっと寂しさも紛らわせると思うわよ」 「そう……なら行ってみたいかも……」 海では地上の動物なんてまず見られないし、地上でもあまり見てこなかった。こんな機会次いつあるかも分からないので奥の方のエリアに足を運ぶ。 木々に囲まれた日陰の多いエリア。馬やロバなどがおり、自分よりも更に幼い子供達が騒いでいる。 「ほらこっちよ。今日のこの時間は……やってるみたいね良かった」 今は平日の午後。イベントなどは少なくやってない可能性もあったが運良くふれあいコーナーは開いており、平日ということもあって混んでなく並ばずに柵の中に入らせてもらえる。 「これ兎とか触っていいの?」 「そうよ。ほら、この人参とか持ってれば寄ってくるわよ」 「ふーん……」 試しに腰を落とし、受け取った人参スティックを兎に見せびらかすように振ってみる
「おばさん誰?」 香澄という名など聞いたことないし、第一あたしの名前はメサだし、ライ姉に付けてもらったこの名前以外で呼ばれるのは正直言って不愉快だ。 「覚えていな……いや、十年も経ってるんだし仕方ないわよね。でも大丈夫。失った時間はまた取り戻せばいいから。ほら、早くお家に帰りましょ?」 「え? 家?」 正直気味が悪いし手を振り払おうとした。だができなかった。何故だかこの人を放っておこうとすると胸の底で何かがざわつき頭が痛む。 「うっ……」 突如としてとある光景がフラッシュバックする。どれもこれもが断片的なもので情報がちぐはぐだったが、全て今目の前にいる女性との楽しそうな光景だった。記憶の中の彼女は今よりも若くこんなにやつれていないが。 (もしかしてこれって今着てるこの"皮"の……?) 人間の死体を使いその姿に化けるイクテュスの技術。副作用で皮の人間の記憶の一部がフラッシュバックすることは既に聞いていた。ゼリルは高嶺の父親で、ライ姉は日雇いの現場仕事をしていた屈強な女性だったらしい。 (じゃああたしの皮の人ってもしかしてこの人の……) 先程の言動とあの態度。まるで娘に接するかのようだった。それらが答えへとあたしを導いてくれる。 「さぁ入って。新しいお家よ。ちゃんとあなたの部屋も用意して置いてあるから」 おばさんは嬉しそうに軽やかな足取りであたしを部屋に案内する。 「ここがあなたの部屋よ」 「あーうん。ありがと……」 部屋の中は綺麗でよく掃除が行き届いているが、置いてある物がなんだか古臭い。人間の文化に詳しいわけではないが、置いてあるおもちゃなどはこの前三人で行ったショッピングセンターに並んでいなかったものばかりだ。 「今お茶とお菓子持ってくるから待っててね」 おばさんは困惑気味のこちらのことなど気にせずに部屋を出てお菓子を取りに行く。 「この部屋……やっぱりこの皮の……」 置いてある物は全て十代前半程の女の子が好みそうなものばかりで、部屋の模様やインテリアも年頃の女の子のものだ。 (でもこの皮って確かあたしが生まれたきっかけになったあの地震の時に海に流れたものらしいから……) 大地震により生まれたあたしと、大地震により我が子を失ったおばさん。そこに奇妙な運命めいたものを感じ、心の奥底に今まで感じたことの
「大丈夫!? もしかしてさっきの戦闘でどこか怪我が……」 「いや大丈夫。ちょっと疲れただけだから……」 何か身体に深刻な問題が生じたのではないかと心配になるが、それは杞憂で済んだようで悪かった顔色はすぐに良くなり立ち上がる。 「本当に大丈夫? やっぱりどこか……」 「大丈夫だって。ほら、いつも通りでしょ?」 「それはそうだけど……」 今の波風ちゃんは病院に行ったりすることができない。キュアリンにも聞いたがキュア星の医療も幽霊に対応しているものはないそうだ。 だからこそ側に居る私が彼女の身体を気遣わなければならない。 「やっぱりあの形態は合体する分負担も大きいみたいだね」 「でも私単独での変身はできなくなってるし……これ以上波風ちゃんに負担は……」 「だから大丈夫だってこれくらい! 冬のマラソンみたいなものよ!」 最近は弱いのばっかりだが、またいつあのクラゲ達が出てくるか分からない。生人君が変身できず、向こうにブローチが渡ってしまったことも考えるとあの姿に頼らざる得ない。 「じゃあ頼むけど、何か異変を感じたらすぐに言ってね?」 「言われなくても分かってるわよ。消えたらたまったものじゃないしね。アンタもまだ危なっかしいし」 「もう酷いよ! 私だって成長してるんだからね!」 「今日だって敵を倒した途端油断して離れるの忘れてたくせに」 「そ、それはそうだけど……でもぉ……」 いつもの日常の風景、私が抜けたことをしてしまい波風ちゃんに説教される。今まで何千回も繰り返してきた流れだ。 きっとまたこれからも、ずっと繰り返すのだと。いつまでもこうして話し合えるのだと思っていた……この時は。 ⭐︎ 「うーん暇だなー」 一か月ぶりの地上。あたしは特に用もなく街を散策していた。ここはキュアヒーローの住む所からある程度離れていてバッタリ出会すということもない。 「うーんでもこの服動き辛いなー」 ライ姉から念の為にと厚着にさせられ、いつもはしない帽子やサングラスなども着けさせられ、視界も悪いし肌もちょっとチクチクする。 「あっ、良い所にベンチはっけーん!」 座って休憩したいなと思った矢先丁度良く日陰になっている公園のベンチを見つける。そこに腰掛けてゼリルから貰ったお金で買った菓子パンを頬張る。 暴れて奪っても良い
「じゃあ次この問題は分かるかな?」 この前のホテルの一件から一か月程の月日が流れ、今私はキュアリンが手配してくれたアパートで生人君から数学の授業を受けていた。私がキュアウォーターということがバレ、この前学校で暴れてしまったこともあり登校できないので代わりにこうして教えてもらっているのだ。 (朋花ちゃんにはいつか謝らないと……) 私が波風ちゃんの幻覚に囚われていたあの日、彼女には酷いことをしてしまった。手を上げて声を荒げ、健橋先輩が止めてくれなければあのまま椅子で殴りつけて大怪我を負わせていただろう。 「手が動いてないけど……分からない?」 隣に座っていた波風ちゃんがこちらの顔を覗き込む。 「えっ! あ、いやそういうわけじゃなくてちょっと考え事してて……今から解くから!!」 しかし問題を解き始めた手はすぐに止まることになる。 「高嶺?」 「う、うぅ……分かんないよ波風ちゃん〜」 「えっと……ボクの教え方が悪ったかな?」 「いや生人さんの教え方は上手でしたよ。多分高嶺の頭の出来が問題です」 「酷い!!」 だが実際に私の頭の出来はあまり良くない。勉強だっていつも波風ちゃんに教えてもらっていた。 「高嶺に教えるのは慣れてますから任せてもらえますか?」 「う、うん」 そこからは先生が変わり手取り足取り教えてくれる。波風ちゃんは私にどんな風に教えたら理解できるのかを熟知しており、生人君の解説を引用したりして丁寧に問題を解くのを手伝ってくれる。 「あっ、生人君が言ってたのってこういう意味だったのね! ならここをこうして……できた!!」 少し時間がかかってしまったものの無事問題を解くことができた。 「はぁ〜疲れたぁ〜」 生人君が教える勉強は中々にハイレベルで、学校でやるものよりも遥かに難しい。だがその分着実に賢くなっているのを感じるし、空いた時間には彼に稽古をつけてもらっている。夕方以降には橙子さんや健橋先輩もよく顔を出す。 [大変だ! イクテュスが出た!!] 数日ぶりにテレパシーが脳内に飛ばされる。二人もそれを受け取ったようで一瞬にして顔つきが変わる。 [どこ!?] [今健が通ってた大学近くの交差点に居る! 牛丼屋とガソリンスタンドがあるところだ!] 「なるほどあそこね……橙子さんや神奈子さんの居る場所